臨済宗妙心寺派大智寺

永代供養墓  歴史・行事   境内の景観  文供養   各務支考ゆかり       
今月の禅問答  月刊エッセー文机  環境のこと  アクセス   大智寺だより

各務支考と大智寺      ◎支考が遺した「獅子庵」は、現在「解体復元工事」中です。

松尾芭蕉俳句を全国に広め、俳論に秀でた各務支考


○松尾芭蕉の十哲の一人、美濃派俳諧の始祖各務支考は1665年
山県郡北野村西山の村瀬家に生まれました
が幼少期に母を亡くし、姉の嫁ぎ先に入籍し、各務の姓となりました。
その後、6才〜19才までを大智寺第4世の弟子として大智寺に住居しました。

○当時の大智寺には多数の修業僧や小僧さんが生活しており、支考もまたその分に応じた仕事を続けつつ、文字・漢籍の知識を修得し、人間支考の基礎が養われたようです。

○19才で還俗し、元禄3年芭蕉と出会ってからも、大智寺で得た知識が大いに役立ち、芭蕉に重宝がられたとのことです。

○なお、大智寺には支考がこの地に戻ってからの住居(獅子庵)が現存しております。簡素で味わい深い後年の支考が偲ばれます。

○昭和9年に河東碧梧桐夫妻が、また、翌昭和10年荻原井水泉も獅子庵を訪れているとか…

大智寺発各務支考、岐阜に〜支考ロードを!〜


○平成22年、「獅子吼」創刊90周年・・・支考を祖として、波乱の歴史をかい潜り、守り続けられた「獅子門」
                          俳誌「獅子吼」 
○美濃を越え、全国行脚に果敢に挑んだ各務支考・・・にも関わらず、俳句史に於いて軽んじられてきた
                                   彼の足跡を現在に蘇らせ後世に伝播すべく
                                  支考ロード”が提案されています


獅子庵 梅花仏

平成23年11月6日より この獅子庵補修工事が始まりました。
獅子庵は、支考が北野に戻ってからの建築として、290年余の歳月を経ていますから
現在まで、保っていたのが、不思議かもしれません。
この度、やっと解体復元工事の夢が叶いました
皆々様の御尽力御協力のおかげと感謝申し上げます

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俳魔、各務支考

芭蕉晩年の"かるみ"の俳風や平明な日常的世界を重視した支考は、
芭蕉没後、都会派の江戸座に対し、美濃派を立机した。
田舎蕉門と言われつつも、近畿・北陸・中国・四国・九州へを継承した
蕉門美濃派を伝播し、長寿結社40社を誕生させている。
行脚日数は 芭蕉=1.82ヶ月?/年  支考=2.26ヶ月/年



この時代に、地方から地方へ行脚して俳句を広めていった支考は、目的地での人との交流交渉術セールス術をもち、更に、"夜話"という一種のイベントを企画運営する能力に長けていたと思われる。又、1日36句の歌仙形式の連句を1巻24句へ、連句のマニュアルをも定めるアイデアを持っていた。

このような能力は当時の文人からは偏見の視線を浴びたであろうが、現在の文芸もまた"アイデア・セールス・イベント"によって世に送り出されている一面を見れば、支考の手法は確かに画期的なものであったようだ。

今日、全国津々浦々に育っている俳句サークルの、最初の種蒔をしたのが各務支考である。




◎ 各務支考のエピソード

その@ 支考の名前 あれ?これ?

 旅先や作品によって名前を変更し、数多くの変名を持っていたそうです。
 野盤子 東華坊 西華坊 獅子老人 桃花仙人 黄色山老人など…

そのA 支考の著書あまた

 書く事、旅をする事が彼の人生だったようで、多数の書物を残しています。
 葛の松原 芭蕉翁追善記 俳諧古今抄 東華集 西華集 三匹猿など…

そのB 芭蕉と伴に

 弟子入り以来、薪水の労、旅のお伴、最期の看病、遺言状代筆、葬儀、法要などを師の為に執り行った支考は、それだけ芭蕉と信頼関係にあったとも考えられています。

そのC 支考の生前葬

 「俺はもう死んだ」と死んだフリをして、別の名前で本を出版したこともあったようです。堅物俳人と思いきや、ちょっとお茶目で風狂な人だったのですね。

そのD 獅子庵での生活

 「我、机を離れなば この世の限りと思うべし」

そのE 支考が命名〜桑名名物・時雨蛤〜

 『東海道名所図絵』(1797)に「初冬の頃 美味なるゆゑ 時雨蛤の名あり 留まりにて製す」
とある。江戸の将軍へ献上されるのが慣例となっていた桑名宿の煮蛤を 「時雨蛤」と命名したのは桑名市史のよると芭蕉の高弟各務支考といわている。  時の俳人佐々部岱山が今一色の業者から命名を頼まれ師匠の支考に相談したところ 「十月より製し候事故、時雨蛤と命題し・・・・・」として名づけたということです




◎ 支考の作品

牛叱る 声に鴫たつ 夕べかな
山の端の 月見や岐阜は 十三夜
魂棚に 油火細し 我ごとく /
船頭の 耳のとうさよ 桃の花
歌書よりも 軍書にかなし 吉野山

うらやましう うつくしうなりて ちる紅葉

食堂に 雀啼くなり 夕時雨  
野に死なば 野を見て思へ 草の花
腹立てる 人にぬめくる なまこ哉  
気みじかし 夜ながし 老いの物狂ひ
娑婆にひとり 淋しさ思へ 置き火鉢




◎ 支考の略歴

寛文5年(1665)・・山県郡北野村西山。村瀬家の次男として誕生

6才〜19才・・・・大智寺第四世の弟子となる

元禄3年(1690)・・・芭蕉門下となる

正徳元年(1711)・・この地に獅子庵をむすぶ

享保16年(1732)・・2月7日、67才で没

「美濃派俳句資料館」も御参照下さい

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獅子門と獅子吼

獅子門って何かな?……「獅子吼」って何かな?

獅子庵 梅花仏

各務支考の別号の獅子老人にちなんで付けられた俳句のグループ名です。
美濃を本拠に活動し、歴代宗匠に美濃在住者が多いので、美濃派ともいわれます。
伝統を踏まえつつ、現代に根ざす俳句と連句の創作研究を続けています。
芭蕉忌や支考忌には伝承の正式俳諧(しょうしきはいかい)を興行しています。
 
「獅子吼」とは、獅子門の方々が投稿した俳句や各務支考の事
   その他俳句まめ知識や会員通信などが掲載された月刊誌の名前です。
大正8年に創刊し、昭和23年から月刊誌になっています。

 

今月の『獅子吼』より…


「獅子吼」からの抜粋記事を順次お届けします
  ○月別各務支考の俳句
  ○第4回獅子庵投句ポスト特選句
  ○今月の三輪句会
  ○いくつ読めるかな?難読語いろいろ
  ○句会等ご案内

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月別各務支考の俳句

                     束ねられた
各務支考の俳句・ある日ある時
1月薮入りに 饂飩打つとて 借着かなやぶいりに うどんうつとて かりぎかな
やり羽子は 風やはらかに 下りけり追羽子の落ちる様子を、風やわらかにと表現して、新春の気分が盛り上がる
昨今、見受けられない風情では?
若菜売る声や難波の浅みどり正月七日の七草粥に使う材料(特に薺ナズナ)を売る声
新春を色にすれば浅みどり!支考が青年の清々しい一面…
門松に聞けとよ鐘も無常院変わらぬ物の象徴である松の緑に、無常を説く鐘の音が響く。
一休禅師が正月に髑髏を掲げて「御用心ご用心」と説いた姿をイメージさせられる
けふけふと思へばうれし花の春ああ、この日が来た、正月が来た!という喜びに溢れた一句。
子供心に似た素直で明るい喜びの表現が、明るい春を更に華やぎあるものにしている。
君がため味噌とはよまず若菜哉君がため〜のロマンも、味噌を贈れば恋もすっ飛ぶ所帯の匂い
お正月初笑いの句?短歌にはない俳句の妙味…
門松に聞けとよ鐘も無常院来る年は新たながら、移ろう時の空しさ〜逃れがたきものを感じさせる
昨日は今日の古、今日は明日の昔。時間の波に揺られる俗人…
けふけふと思へばうれし花の春春は季節の春ではなく、新春の春正月である。いよいよ新年を迎えた
その喜びを直接詠んだ一種爽快さを感じる
竜宮に三日居たれば老の春竜宮伝説に因んでの「老い」の目出度さと
新年の寿ぎを重ねた句であるが、近年の老年は本当に目出度いのだろうか?
2月むめが香の 筋に立ちよる はつ日哉うめがかの すじにたちよる はつひかな
水上は鶯啼いて水浅しリズム感がいい俳句はストンと腑に落ちる。ミとアが心地よい
羽二重の膝に飽きてや猫の恋恋猫には羽二重も麻も価値はゼロ…というか、一途な思いに富貴は異次元のことかも?
次郎殿も兄におとらじ梅の花当時美濃から越後に移植された梅を越後の井上氏が賞賛して詠ったもの
三日月をつきぬく梅の匂ひかな鼻から目に突き抜ける『わさび』…の表現を、春一番の梅の香りに用いた支考。この感性を得たいものだ。
加えて、月を突くと言う。これは滑稽味?どっちかにして頂きたい気もする
埋木に此花さきぬ梅の花友の短歌にはないの墓前に捧げられた一句。
冬を越した里の木々…小枝小柴の散る中でポッと咲く梅の花…寂しい死を感じる
くどくどとおもへば悲し夜の梅芭蕉の百ケ日に際して詠まれた句。
師を偲ぶ夜の帳を、梅の香が包む。哀愁を醸す梅であり、春愁をも感じさせる
屋根ふきは下からふくぞ星下り「星下り」は梅のことらしい…?と首を傾げる
瓦の「下」からと星「下」り…文字の下下も句になる趣向
鶯もやせてや木曽の檜の木笠この句が俳諧風雅を究める人を称えている…一読では?である
なぜ「檜の木笠」なのか?リズムよく「檜笠」で終わっては?
三日月をつきぬく梅の匂ひかな鋭角の月を突きぬく香り!梅の香への最高の表現だと思う。
梅の香りが鋭い動きを、梅好きの支考が捉えた
二見とは松の朝日に梅の月二見形文台の裏面に必ず記される句。朝日(朝)と月(夜)の対比が(二つ見る)に繋がる
頓智のような文台の裏表である
3月桜咲ひとへに弥陀の彼岸哉咲きor咲く?芭蕉23年忌。ひとへに迷う正徳4年義仲寺
あがりてはさがり明ては夕雲雀雲雀の姿を朝から夕べまで、上空から地表まで捉えた句。
が、雲雀は餌を探す為に上空にのぼり餌を捕るために急下降する。
その必死さは人間にも通じる気がする
木薬のにほいにあそぶ胡蝶かな木薬は生薬(きぐすり)で、調剤されていない材料のままの薬草のこと。
(木薬=生薬を商う人)のもとであそぶ(胡蝶=支考and胡蝶の夢の故事)とも解釈…
が、人の逢瀬も春の夢〜その覚束なさとも、人の世の春愁とも…
見渡して久しがほなる燕かな久しがほ=久し顔 として、改めて獅子門の語法が団塊の世代以後の人に
どれだけ難無く受け入れられるのだろう…と、ふと心配になる。
燕と人との近親間は、今も昔も変わらないのに・・・
水やそら空や水なる比良の花水と空の融合、水と空の朧なる境界によって表現された春の景…「比良の花」以外でも応用がききそうな句あな…
屋根ふきは下からふくぞ星下り茅葺き屋根は下から順に上に向け葺いていく。星は下る…大きな空間を詠んだ句…とも感じる
草花の名に筆とらんつくづくしイメージとして、草花の名の説明を聞いてメモっている様子を暖かく見守る支考の姿…
その筆先と春の土筆、若人の学ぶ姿勢の清々しさが春に似合う
茶染屋に鶯なくや此日和茶染めは貴人様御用達の染めだったとか…鶯の声がそんな場に似つかわしい?のか
そんな場所にも鶯の声をきく驚きか?のんびりと春である
日あたりの干塩にちるや梅の華赤黒い醤の上に散る花びら…梅の”花”ならず”華”と記されて
その対比の美しさが際立つ、また
醤と梅・俗と雅の対比も面白い
俎板やかすみ棚引いかのぼりおよそ詩情とはかけ離れている俎板を冒頭に置いて、一句詠む支考…
俎板のイカスミと霞、烏賊と凧
遊び心あふれる春の一句
うぐひすも笹にちよつちよと味噌くさし一茶の句に「鶯やちょっと来るにも親子連れ」がある。
身近で微笑ましい親子の様子を見せてくれる鶯
それは日常そのもの、生活臭と会い似たものだろう
4月虻の目の何かさとりて早がてん虻が悟った!と早合点したのは支考?なら「さとりて」は「さとると」では?ヘンかな…
椿踏む道や寂寞たるあらし一瞬、現在の大智寺境内に支考が立っているのかと思った。
春北風の中、落椿を踏む自分・踏まれる椿。生きる寂しさにハッとなる一瞬
こま鳥や声あきらかに花の中ヒンカラカラ〜と鳴くゆえに駒鳥?とか…花も季語なら鳥も季語
しかとは分からぬ木の上で、鳴き声練習に励む姿に、声援を送る自分。心の中も春満開である
長刀の供こそつれね花盛花冷え、花曇り、花の雨…朗と憂による雅とは異なり、「花盛り」という語には全てを胸中に納めきった潔さすら感じる
ふり乱すやなぎ神代の姿哉「やなぎ」は夏を連想しそう…でも春の季語。
"ふり乱す柳"…情を持つ生き物のような柳に神の姿を見る支考の眼が好きだ
賭けにして降り出されけりさくら狩り花見の日が晴れか雨か?賭けをして…晴れた日の花見に面白みは乏しく
チェッ雨か…云々カンヌンの声がする
焼けにけりされども桜咲かぬ間に金沢大火の際、北枝が詠んだ「焼けにけりされども花はちりすまし」の句を受けての作
桜の開花が大火の前か後か 俳人とはこんな人?
山桜をのが花とや鳴鴉木々を絵具で描けないのと同じく、鳥の鳴き声も文字では表現し難い。開花と同時に
葉を繁らす山桜、姿は見えぬ鴉が「主」宣言しているようだ
散はせで馬に蹴らるる椿哉まず「散はせで」に??と引っかかる人が多いだろう。ぽたっと落ちるはずの椿が
馬に蹴られて無理強い散った、その様を句に出来る支考
浮鯛の名やさくら散三四月急激な潮流の変化で浅瀬に入った鯛の名がさくら
同じ桜も3月〜4月に散っていく。遊びっ気を感じる俳句
笠きれば嬉しき空のひばりかな笠を着て、さァ出発だ〜!空のひばりが、その思いに呼応する。
旅に生きる俳人ならばの一句…か?
5月卯の花に 叩(たた)きありくや
かづらかけき
『かづらかけ』とは桶のタガを掛ける事あるいは、その職人の事。
そんな風情も今は昔?
つつがなき母の頼りやころもがへ春から夏へ、いつの時代も母は四季折々子の健やかなるを願う故に衣類を気遣う
老いた母からの便りが身にしむ
西行は娘もちてやころもがへ旧暦4月1日は綿入れから袷への衣替え…でも西行といえば墨染めへの変身?をちょっと突いた感じもする
卯の花の浪こそかゝれ色の浜旧暦4月の海波や川波を指す「卯浪=ウナミ」の3音で済むところ缶ビール かな?
牡丹見の手燭に雨のこぼれ鳧(けり)五月晴れの下でなく、、あえて夜に、しかも雨、手燭の灯りで見る牡丹
この句に秘められた物語性と幽玄の美を感じる
青柳の若葉や秋もまのあたり命を謳歌するような若葉にもやがて秋が…と教訓めいた句とも、柳のうしろの亡者
への言葉とも…意味あって無きような…現在なら選に入るだろうか?
どこやらが菖ににほふかきつばた菖に似ているかきつばた…では俳句の妙に欠けるが、俳諧に燃える弟子二人への挨拶句
となれば…これもあり?
若竹や茶の湯に遊ぶ老いの袖四国の養里を訪れての挨拶句。とはいうものの「若竹」と「老い」の対照を詠み込む妙
出来そうで、出来ない
うれしさもうさもうき世の鵜の字哉初めの「う」から「世」まで、文字だけ拾うと??と思うが…
繰り返し読んでいると、リズム感あり内容もありで面白い
我袖は牡丹をぬすむ風雅なし訪れた宅に主は無く、咲き残りの牡丹に佇む支考…ややあって…
旅装束の我が袖では「花盗人」の風雅は遠いな〜とでも思ったのかな〜
筍のどこでかぬけて縄ばかり束ねられた筍が、いつの間にかもぬけのカラ!跡には縄ばかり…
掘った苦労も運んだ時間も空しく…唯々意気消沈
誰恨むことも出来ぬ人生?
6月山懸けて卯の花咲きぬ須磨明石背後の山と卯の花の白、そして平安ロマンの須磨明石…ちょっと出来すぎた舞台かな?
山中や鶯老て小六ぶし小六とは慶長年間の江戸赤坂に住んだ小唄の上手い馬方の名。老鶯の鳴調子と小六の節が重なる…が、ホントは鶯以上の歌声は無理な気も…
世の中のうしろの皺や衣がえ「世の中の」のは意味有りか否か…こんな俳句が支考の面白いところだと思う
世の中の後ろに出来る皺…世の中と衣替えの関係は?
しら山や黒きは一羽ほととぎす「しら山」は加賀の白山標高2,702m、対する黒い鳥、それだけの世界
何でもないようでいて、一瞬にして素直に世界を捉えるかのようだ
ほととぎす帆掛に出るや日枝おろし夏の季語として多く詠まれている”ほととぎす"だが、現在その姿、鳴声を知る人は何割ぐらいであろうか?
日枝おろしで琵琶湖をイメージできる人は?…少々解説の要る一句では、と感じる
またぐらに山見る磯の田植かなぎょっとする出だしだ。アッそうかッと肯くのに数秒…?
一瞬の、これも絵になる俳句かな、と感じる
夜咄にねぶたかりしも夏の夢芭蕉没後1年、同胞と故人を偲ぶ夜咄…
呼べど応えぬ空しさは、夏の短夜のはかなさか…支考の一面か
みじか夜やあの雲見さい夢のきれ見さい→岐阜の方言で「見なさい」の意味、ミンサイと発音。
句に方言を入れつつ、雲を夢の切れ端と詠むロマン。支考はシカと詩人である
橘のゆかりや今の初茄子俳句1句が文芸として成り立ち難い典型的な句だと思う
古の橘のゆかりに対して「今の初茄子」では判じ物になってしまう?俳句の宿命かな…
みじか夜やあの雲見さい夢のきれ見さい=ごらんなさい…支考の故郷、岐阜北野村の方言である。
土の匂い漂う”人の世のはかなさ、むなしさ”の表現が新鮮だ…
早乙女や黒髪やまを笠のかげ乙女・黒髪・笠…3っつの単語から早苗を揺らす風のような
爽やかなイメージが湧く。ほっとする一幅の墨絵を見る思いがする
7月昼顔や夏山ぶしの峯づたo発句は屏風の画と思ふべし。己が勿を作りて目を閉じ画に准らへて見るべし…とか
昼顔に夏、季重なりなど気にしないイイ時代だったのかな?
涼しさに中にさがるや青瓢瓢の成る下を通れば誰だって何か言いたくなる…ちょっと触れてみたくなる…
涼しげで可愛いですね…なんて
三日月やさよは水鶏(くひな)の闇ながら播磨の「佐用」と「三日月」の名に興をえての作。お月様の三日月と小夜をも掛けている。
現在三日月町は佐用町と合併している。が、当時はその名と水鶏の闇の対比は新鮮だったのだろう…
南無あみの浦とやあまの夕涼縁語…掛詞…かない…いろいろ遊んで、夕涼み〜
ふと笑いがもれる、これは讃岐での作。江戸庶民の旅はどんな感じ?
行暮れて蚊帳釣草にほたる哉行暮れて…うら寂しい語感だが、旅寝の常套句。でこれは季重なり…でもこの時代は平気?だったかも
蚊帳釣草、面白い名なので…斯く斯くと蚊帳釣草をして見せつ
世の露にかたぶきやすし百合の花予備知識無しでもなぜか黄泉の世をふっと感じる句…だと思う
有るか無しかのはかない命は槿でもあり百合の花でもあろう
瓜食ふて酒のむ腹は祭かな俳人集いて酒盛り?瓜は真桑瓜か胡瓜か?の詮索は無粋だろう…
その場の賑やかな会話を即座に5・7・5 が支考である
片袖は残る夏野のかざしかな惜別の情を「片袖は残る」と端的に表現できる俳句の妙
松浦佐用姫の故事に依らずとも儚い夏の別れを感じさせる
行暮れて蚊屋釣草にほたる哉なぜ蚊屋釣草…?旅にあって家屋を彷彿させる名への郷愁かもしれない。
我が身のおぼつかなさが蛍の姿と重なる
行暮れて蚊屋釣草にほたる哉なぜ蚊屋釣草…?旅にあって家屋を彷彿させる名への郷愁かもしれない。
我が身のおぼつかなさが蛍の姿と重なる
雪もちり花も散るとて蛍かな花吹雪の散るイメージを蛍の乱舞に重ね、一種幻想的な映像美すら感じる
が、その一方で、世の常ならぬ無常観も流れ…
関の灯のあなたこなたを夕涼み関は下関、関門海峡の景色を眺めつつの夕涼み、であろうか
江戸時代、美濃からは遠い遠い端の端である…
8月魂棚にこちらむく日を待つ身かな魂棚(盂蘭盆に先祖の霊を迎える精霊棚)に自分の霊がまつられ
自分が現在座っている方向を向く日を待つという…
享保14年、支考晩年の心境である
花鳥の中に蚊帳つる絵の間哉周囲がすべて美麗な絵の部屋に招かれ、蚊帳をつる時はどうするのか?と
思いつつ苦心惨憺…の末、できた句とか。眼は部屋全体を見わたしている
おしむなよ芙蓉の陰の雨舎(あまやどり)1719年、支考が松任の千代を訪れた時の作
千代は「あたまから不思議の名人」と言われた17才の{美婦}支考は54才、芙蓉は雨宿りに適していたろうか?
わせのかや田中を行ば弓と弦(つる)季語は「早稲」で、秋。田中の案山子を言わず
的を真っ直ぐ弓弦に当てたところが、支考かな?
いくほどの世に綺麗なりけしの花「いくほどの世」とは?行くほど・幾くほど・往くほど・逝く…
どれを採っても芥子の可憐妖艶薄命を感じる
その形の涼しや枇杷と一夜寝む枇杷は果実だろうか楽器だろうか?どちらが涼しい形か?と少々思案
一夜をともに…したいのは楽器から連想する艶やかさ…支考さんもウフフである
越後路は百里にかなし今日の秋17006年6月末から越中・越後の旅、29日糸魚川で立秋
真夏の行脚の後の「百里にかなし」である。秋の気配が身に染みる
きんかには蓋してありく団扇かなきんか=金柑=禿頭、団=団扇=うちわ、現在この句を即理解できる人も少ないのでは?
卑俗と言い切れぬ暑気払いのユーモア楽しい
あつき日にまづいひにくし野撫子最高気温38度も続く昨今、使う言葉も、サシスセソ…シャシュショ あたりが涼しげか?
ノナデシコと言うには確かにエネルギーが要る
闇に来る秋をや門で夕涼み風の通る夕暮れの闇を「秋」と表現する感性に魅かれる。季重なり云々は
些細な事と堂々としたあたりが支考らしい
9月居りよさに河原鶸来る小菜畠おりよさに かわらひわくる こなばたけ 
小菜は間引き菜のこと。心地よさげな秋の1コマ?
五器たらで夜食の内の月見かな五器=御器→蓋付きの椀のこと たらで=足りないまま
盛況であった月見の宴を「夜食の器が足りず」と表現する俳人も少ないだろうナぁ…
豆まはし廻しに出たる日向哉小鳥の名は各地様々なのだろう…豆まはし=いかるorいかるが とのこと
ちょっとした枕詞的用い方で面白い、夏でも秋でも…
いざ宵や師の影去て十万里佯死という自分の死を演じた後、次には弟子の役を演じて嘆きの句そ詠じる 
座興とあればおもしろいが…
梢まで来て居る秋のあつさ哉秋は何処から来るのか?ある朝ふと感じる空気…そこまで来ている筈が…
梢のほんの先まで…日が昇れば暑さ厳しい秋はじめである
稲ならばいな葉やみのの鮎膾稲が去ね(去れ)去れとなびくなら去る(いぬ)のだが…美濃の稲葉山の鮎膾がなつかしい
と掛詞を連ねる技も、当時の俳人の生活力?だったのかも…
逢坂で聞か二見ばや駒のくつわむし時は平安、逢坂の関での駒迎えに起因して…
駒・馬・轡・くつわむしと連想ゲーム、ちょっと高尚な言葉遊び…
早稲の香やいせの朝日は二見より肥後の旅、途中に「二見」という村を通った支孝
当の二見ならぬ伊勢の二見を詠む支考。ご当地の人、どうでしょうか?
沢蟹の鉾いからせて秋の風ちっぽけな沢蟹がにゅっと立ち向かう、相手は空しい秋の風
カニの色と秋が醸す白の対比と相まって、人生の哀歓をも感じる一句
椋鳥や梢によする波の音椋鳥の鳴き声を波の音に見立てての一句。ちょっとムリ?な気も…
しかし、不意と遊びの感覚で作る俳句もおもしろい
10月一俵もとらで案山子の弓矢哉米の一俵も収穫せずに案山子は弓矢を手にするばかり…
案山子の手に遊んでいる弓矢に 江戸期の「それなりの平和」を感じる
一里(ひとざと)は皆俳諧ぞくさの花肥後国佐敷のな全睡亭での作。くさの花…草の花。
雑草という名の草は無いとはいえ、何故か寂しさのこもる長閑さを感じる季語だナ〜
出山の像おがませむ市の秋支考が病床の折、見舞い客に、芭蕉から贈られた釈迦の像を見せようしたのか…
市井の秋の一日…こんな日記もいいなァと思う。背景は自分だけが知っている…
持網に白鮠(しらはえ)ふるふもみぢ哉季節を色に例えれば”白” そこに紅葉の色が重なり鮮やかさが増す。
もみぢ と 紅葉 その違いが微妙である……
冷々と朝日嬉しき野分かな野分のまたの日こそ いみじうあはれにをかしけれ…そのままの風情である
大嵐はさておき、洗われた空に輝く朝日は、見る者に生命力を与えてくれる
南むきて雁とかたらむ浜の菊北陸からの帰路、南から飛び来る雁と出会い語らいすれ違う…
旅の醍醐味だろうか?雁と菊、季重なりは微々たるモノ
立山と誰れ岩瀬野のをみなえし元禄14年魚津から富山への旅途中…「岩瀬」を「言わせ」と掛け
雄大な立山と女郎花の構図が目に浮かぶようだ
気みじかし夜ながし老いの物狂ひ気短と夜長の対比が理屈っぽいと批判されがちだが
老いの物狂い・は現在人も頷ける普遍性?があるかも…
おもしろのたびねや秋の野は緞子話の弾む秋の夜長、そして昼の野は緞子の布団のようだった。
上布団の生地が緞子、それが秋草模様…と注釈が要る
大垣へ行とて通る小柿哉は〜い、座布団一枚! のような俳句である。大に対し小・垣と柿
こんな手法も支考らしく、彼の行き方の一つだろう
11月菊の香醍醐味や 御器も其儘 宵の鍋きくのかや ごきもそのまま よいのなべ
狼のこの比はやる晩稲かな「はやる」は、のさばるの意。
当時、狼は季語としては弱かったのか、晩稲で秋季を表現
菊萩にいつ習ひてや袖の露九州行脚の終盤、病床に就いた後の支考。人との別離の哀しさにふと涙…
茶の花に此里床し美濃だより元禄14年越路の帰途の作。終生全国を行脚し続けた支考
その地の風情や人情に涙と微笑みを幾度繰り返したことだろう…
影ならぶ鷺の玉江や芦の霜元禄14年越路の帰途の作。師と弟子は類似するのか否か?「月見せよ玉江の芦をからぬ先〜芭蕉」がある。
ふうわりと着心寒し紙子夜着毛織物が流通しない時代、紙子は防寒の役目をしただろうに
それを「寒し]と表現する心は?第3の眼差し?…
時雨ねば松は隙なり小六月時雨にこそ松の生命力を感じる…それを逆に、擬人化して”ヒマひましてる松”と詠む
松にとっては”言われたネ…”の感じが面白い
影ならぶ鷺の玉江や芦の霜鷺・芦・霜 3つの素材を並べて句になる不思議…
一瞬の絵画、言葉の妙を支考の句に感じる
あふぬくは損なり金はちる紅葉あふぬく=仰向く AはB C=D の対 卑俗なようで言い得て妙ある 支孝ならではの妙ある句
紅葉なき頭上を嘆かず目線を足元の紅葉に移す支考の気転
駕籠の戸に山まづうれし鵙の声筑紫の旅の途中、病に倒れ、ようやく到着した出発地での灌漑。病み上がりの駕籠での移動が
なお一層、到着の嬉しさを際立たせている
君まさで松に声なし冬の色支考はこんな寂しい句をも詠む俳人でもある。
待てども待てども声を聞けぬ哀しさは冬の色と重なる/td>
12月引被る 衣の香床し 初時雨ひきかぶる ころものか ゆかし はつしぐれ
しかられて次の間に出る寒さ哉元禄7年10月11日の夜、芭蕉死去の前夜、看病していた門人達が夜伽の句を詠んだうちの一句。 芭蕉に叱られた体験を詠んだものだろう。真の俳人とは如何なる時も俳句と伴に生きている
麦蒔の伊吹をほめる日和かな穏やかな日和に麦を蒔く農夫の目線で伊吹山の雄姿を捉え
支考の故郷を詠む…
現在も美濃の民にとって伊吹山は特別なものである
きよつとして霰に立や鹿の角「キョッ」?とした鹿とは、どんな表情なのだろう…同じ句が「蓮二吟集」では「きつとして」となっている
霰のイメージと重なるのは「きつ」だろうか
霰の中に立つ鹿の表情・角のカリカリ感が「きつ」に凝縮されている
朝雀雪はく人をはやしけり夜の支柱雪が止み、雪に映える朝日の中で何か楽しい気分の雀と雪掃く人。
雪掻きほどの雪で無いのがイイ
鵜のつみもわすれん雪の長良川鵜を使って鮎を獲ることに罪の意識が、江戸の人支考にあったのだろうか?
忘れたいのは日々の自分の微罪…ホントは雪を見るとそう思うのでは?
野は枯てのばす物なし鶴の首枯野に「のびる」物ではなく「のばす」物というところが気になる…?
「のびる」と見るのが自分なら「のばす」のは対象物自身の底力?鶴の首は鶴がのばすもの…
都にも師走かあゝと啼くからす支考が意図したか否かは別として、「師走かあゝ」と
する痩身の釈迦
と我が身の痩せ、似て非なる?と自嘲の苦笑い
水仙の花たてまつる仏かな富山・瑞泉寺の浪化上人の病臥から死まで傍にいた支考…
没後の追善の句である。仏には水仙の清澄さが似合う
湖の鏡に寒し比良の雪何でもないことのように季重なりが使われ…それでも居心地の良い句に
俳句で食べる人は、さすが?何処か違う

第5回獅子庵投句ポスト特選句


○獅子庵に来て払ひあふ草虱   名古屋市 山口こひな
○如月の白き日差しの支考句碑  大垣市  川瀬スマ子
○風がふく踊りだしたよひがん花   岐阜市  渡辺直紀


今月の三輪句会


2017年7月
○貸し農園どの一角もトマト植ゑ   五月
○なかんづく炙りの浅き初鰹     功  
○五月晴れ母住む家の大きさよ    孝子  
○とっぷりと暮れたる立夏萩の駅   義弘

2017年6月
○寒戻り胸さらしおりレントゲン   五月
○焼栄螺肩肘張らぬ話など      功  
○綿菓子に似るひともとの桜かな   孝子  
○旅終へて春満家路かな     義弘

2017年5月
○贈られし人の名知らぬ雛飾る    五月
○ネクタイの色春色を求めけり    功  
○農協の広場賑はふ苗木市      孝子  
○遊歩道の出店に並ぶ蓬餅      義弘


いくつ読めるかな?〜難語・脳トレ〜全問正解で俳句王?

まずは……蛞蝓(?)に塩ひとつまみほどの悔い……答えは欄外デス
Q.鴨足草一叢薔薇晩稲通草稲架藺草牛膝金縷梅
A.ゆきのしたたでひとむらそうびおどろおくてあけびはさいぐさいのこずちまんさく
Q.水洟転寝眩暈跣足碇星杓文字熟睡焜炉轆轤
A.みずばなうたたねめまいはだしいかりぼししゃもじうまいこんろろくろみそぎへた
Q.就中喘ぐ掠める零れる劈く縋る鏤める強面現世手遊び
A.なかんづくあえぐかすめるこぼれるつんざくすがるちりばめるこわもてうつしよてすさびおもむろ
Q.欲る撥釣瓶喘ぐ幣辛夷傀儡屯する詐り独活四阿金糸雀忍冬
A.ほるはねつるべしでこぶしかいらいたむろするくいつわりほしいままうどあずまやカナリヤすいかずら

答え=ナメクジ


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句会等ご案内




第53回岐阜市文芸祭 連句作品募集案内
  応募日時  平成29年6月1日〜7月31日
  応募先   岐阜市文芸祭実行委員会   
  問い合わせ先  058-268-1050 
 
誌代改訂と年会費納入のお願い
誌代    1年分 14,400円
年会費   3,000円 ・維持同人 17,400円 ・幹事同人 29,400円        

〜5人勉強会のすすめ〜
  句作りに際して、句会に参加することが有効なのは言うまでもありませんが
  身近に句会のない方は、出来る範囲で少人数の勉強会を開かれてはどうでしょうか?
  ご希望の方は、お近くの同人にご相談下さい。
  まずは、始めてみることです。-->   

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獅子吼会費  年間 12,000円(半年分の納入も可)
  *申込先 獅子吼発行所 大野鴻士
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       058-274-7197        
              

おまけ〜獅子門道統系譜〜


@松尾芭蕉―A各務支考―B仙石―C田中五竹坊→
         (以哉派) D安田以哉坊―E大野是什坊―……35益井一鴎…36川井一白
   →2派に分かれる |                                 | 昭和48年合同→
         (再和派) D河村再和坊―E佐々木森々庵……24田内盤古庵…25丹羽玄々庵
   →37各務於菟―38沢田蘆月―39国島十雨―40伊藤白雲―41大野鵠士

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